地域内の「困りごと」と「助けたい人」をつなぐ!OSS Baserow活用事例
はじめに:地域における互助活動と情報管理の課題
地域社会では、高齢化や単身世帯の増加に伴い、「電球を交換してほしい」「ゴミを一時的に出しておいてほしい」「簡単な買い物を頼みたい」といった、日常生活におけるちょっとした困りごとを抱える方が増えています。一方で、「何か地域のために貢献したい」「自分のスキルを活かしたい」と考えている住民の方も少なくありません。
こうした「困りごと」を持つ方と、「助けたい」という意欲を持つ方を適切につなぎ、地域内の互助・支え合い活動を促進することは、地域コミュニティを活性化する上で非常に重要です。しかし、これらの情報を手作業やアナログな方法(電話での受付、紙台帳での管理など)で行っている場合、情報の整理やマッチングに多くの手間がかかり、非効率になることが課題として挙げられます。
ここでは、オープンソースのオンラインデータベースツール「Baserow(ベイセロー)」を活用して、地域内の困りごとと協力者の情報を一元管理し、よりスムーズなマッチングを実現した事例をご紹介します。
背景・課題:アナログ管理の限界と情報の断片化
とある地域活動団体では、以前から住民からの様々な困りごと相談を受け付け、可能な範囲で地域住民やボランティアに協力を依頼する活動を行っていました。しかし、以下のような課題を抱えていました。
- 情報管理の非効率性: 困りごとの依頼、対応状況、協力者の情報などが、電話応対メモ、Excelファイル、担当者個人の手帳などに分散しており、全体像の把握や共有が困難でした。
- マッチングの難しさ: 依頼内容や希望日時に対して、どの協力者が対応可能かを手作業でリストアップする必要があり、時間がかかる上に抜け漏れが発生する可能性がありました。
- 対応状況の不明確さ: 依頼が誰に引き継がれ、現在どのような状況にあるのか(対応中なのか、完了したのか)がリアルタイムに把握できず、問い合わせへの迅速な対応が難しい状況でした。
- 活動実績の把握不足: どのような困りごとが多く、誰がどのくらい協力してくれたのかといったデータを蓄積・分析することが難しく、活動報告や今後の計画立案に活かしきれていませんでした。
これらの課題を解決し、より多くのニーズに対応できる体制を構築するために、情報管理のデジタル化が検討されました。しかし、専門的なシステム開発や高額な既存システム導入は、限られた予算と技術的な知識を持つメンバーの中で現実的ではありませんでした。
導入したOSS/技術:使い慣れた表計算ソフトのようなデータベース「Baserow」
そこでこの団体が目を向けたのが、オープンソースのオンラインデータベースツール「Baserow」です。Baserowは、一見するとExcelやGoogleスプレッドシートのような表計算ソフトに似た直感的なインターフェースを持ちながら、本格的なデータベース機能を備えています。
Baserowを選定した主な理由は以下の通りです。
- 導入・操作の容易さ: 技術的な専門知識があまりないメンバーでも、比較的容易に使い方を習得できるユーザーインターフェースでした。
- コスト: 無料で利用できるプランがあるため、初期費用を抑えたい団体にとって魅力的でした(データ量や機能に制限があります)。より多くのデータや高度な機能が必要になった場合でも、オープンソースであるため、自団体でサーバーを用意して構築(セルフホスト)することも可能です。
- 柔軟なカスタマイズ性: 扱う情報の種類に応じて、列の項目(フィールドと呼びます)を自由に設定でき、テキスト、数値、日付、単一選択、複数選択、ファイル添付など、様々なデータ形式に対応していました。
- 複数人での共同編集: オンラインツールなので、複数の担当者が同時にアクセスして情報を確認・更新できます。
- フィルタリング・ビュー機能: 登録された大量の情報から、特定の条件に合致するものだけを絞り込んだり(フィルタ)、表示する項目や順序をカスタマイズした一覧(ビュー)を作成したりする機能が充実しており、必要な情報に素早くアクセスできます。
具体的な活用方法:Baserowでつくる「おたすけバンク」データベース
団体は、Baserowを活用して地域住民の困りごとと協力者の情報を管理する仕組みを構築しました。これを団体内では「おたすけバンク」と呼んでいます。
具体的には、Baserow内に以下のような二つの主要なテーブル(表)を作成しました。
-
「困りごとリスト」テーブル:
- フィールド(列)例:
- 受付日時(日付・時間)
- 依頼者名(テキスト)
- 連絡先(電話番号・テキスト)
- 困りごとの内容(長文テキスト)
- 対応を希望する日時(日付・時間)
- 場所(住所・テキスト)
- 対応状況(単一選択:未対応、対応調整中、対応中、完了、キャンセル)
- 担当協力者(他のテーブルと関連付ける「Link to table」フィールドで「協力者リスト」テーブルと紐付け)
- 対応完了日時(日付・時間)
- 備考(長文テキスト)
- 活用例: 新たな困りごとの依頼を受け付けたら、担当者がこのテーブルに情報を入力します。「対応状況」フィールドで現在の状態を管理します。
- フィールド(列)例:
-
「協力者リスト」テーブル:
- フィールド(列)例:
- 協力者名(テキスト)
- 連絡先(電話番号・テキスト)
- 対応可能な内容(複数選択:買い物代行、ゴミ出し、庭の手入れ、簡単な修繕、話し相手など)
- 対応可能な曜日・時間帯(テキストや複数選択)
- 自己紹介・特技(長文テキスト)
- 対応実績(数値や、他のテーブルと関連付ける「Link to table」フィールドで「困りごとリスト」テーブルと紐付けた数をカウントするなど)
- 登録日(日付)
- 備考(長文テキスト)
- 活用例: 協力者として登録してくれる方の情報を管理します。対応可能な内容や時間帯を記録しておくことで、依頼内容に合った協力者を探しやすくなります。
- フィールド(列)例:
運用フロー:
- 地域住民から困りごとの依頼が電話などで窓口に寄せられます。
- 窓口担当者がBaserowの「困りごとリスト」テーブルに新しいレコード(行)として依頼内容を入力します。この際、「対応状況」を「未対応」に設定します。
- 窓口担当者は、「困りごとリスト」で「対応状況」が「未対応」となっている依頼を確認します。
- 依頼内容や希望日時を見て、「協力者リスト」テーブルをフィルタ機能を使って検索します。例えば、「対応可能な内容」に「買い物代行」が含まれ、「対応可能な曜日・時間帯」が合致する協力者のみを表示させるといった活用ができます。
- リストアップされた候補の中から適切な協力者を選び、電話などで対応可能か確認します。
- 協力者が依頼を引き受けてくれたら、「困りごとリスト」の「対応状況」を「対応調整中」や「対応中」に変更し、「担当協力者」フィールドにその協力者の名前(「協力者リスト」から選択)を入力します。
- 協力者が活動を完了したら、担当者が「困りごとリスト」の「対応状況」を「完了」に変更します。必要に応じて「対応完了日時」を入力したり、「協力者リスト」の活動実績を更新したりします。
Baserowのビュー機能を活用し、「未対応の困りごとだけを表示するビュー」「特定の期間に完了した困りごとリストビュー」などを作成することで、日々の運用や振り返りが効率的に行えるようになりました。
導入効果・メリット:スムーズなマッチングと活動の見える化
Baserowの導入により、この地域活動団体では以下のような効果が得られました。
- 情報管理の効率化: 困りごとと協力者の情報が一元管理され、どこに情報があるか迷うことがなくなりました。複数人での同時アクセス・編集が可能になったことで、担当者間の情報共有もスムーズになりました。
- マッチング精度の向上: 協力者の対応可能な内容や時間帯がデータベース化されたことで、依頼内容に最も適した協力者を素早く探し出すことができるようになり、マッチングの精度が向上しました。
- 対応状況の明確化: 各依頼の「対応状況」がリアルタイムに更新されるため、現在の状況が「見える化」され、担当者全員が最新の情報を共有できるようになりました。未対応の依頼の見落としも防げます。
- 活動実績の蓄積と活用: どのような種類の困りごとが多いか、特定の協力者がどのくらい活動しているかといったデータを蓄積し、集計・分析が容易になりました。これにより、今後の活動計画の見直しや、協力者への感謝状作成などに役立てられています。
- コスト抑制: 無料プランで基本的な運用が実現できたため、大幅なコスト削減につながりました。
導入のポイント・注意点:運用ルールとプライバシー管理
Baserowを導入し、地域活動に活かす上でのポイントや注意点は以下の通りです。
- データベース設計はシンプルに: 最初から複雑な設計を目指す必要はありません。まずは必要最低限の項目でテーブルを作成し、運用しながら必要に応じてフィールドを追加・修正していくのが良いでしょう。Baserowは後からの変更も比較的容易です。
- 入力ルールと担当者の明確化: 誰が、いつ、どのような情報を入力・更新するのか、事前に明確なルールを定めておくことが重要です。また、Baserowの操作方法について、担当者間で簡単な勉強会を行ったり、オリジナルのマニュアルを作成したりすることも有効です。
- プライバシー情報の取り扱い: 依頼者や協力者の氏名、連絡先といった個人情報を含むため、 Baserowへのアクセス権限を適切に設定し、閲覧できるメンバーを限定するなど、情報漏洩がないよう細心の注意を払う必要があります。共有機能を活用する場合も、どこまでの情報を共有するか慎重に検討してください。
- システムはツールと割り切る: Baserowはあくまで情報管理を効率化するツールです。実際のマッチングや、協力者とのコミュニケーション、困りごとへの対応そのものは、引き続き人の手で行う必要があります。ツール導入と並行して、運用体制や担当者の役割分担をしっかりと確立することが成功の鍵となります。
- 無料プランの制限: Baserowの無料クラウドプランには、データベース数、テーブル数、レコード数(行数)、ファイル容量などに制限があります。活動の規模が大きくなるにつれて制限を超える可能性があるため、定期的にデータ量を確認し、必要に応じて有料プランへの移行や、自団体でのセルフホストを検討する必要があります。
まとめ・展望:OSSデータベースが拓く地域支え合いの未来
Baserowのようなオープンソースのオンラインデータベースツールを活用することで、地域活動におけるアナログな情報管理の課題を解決し、効率的でスムーズな互助・支え合いの仕組みを構築することが可能です。専門的な知識がなくても比較的容易に導入できるBaserowは、特に情報管理に課題を抱えるNPOや地域団体にとって有力な選択肢となり得ます。
今回の事例のように、困りごとと協力者の情報を「見える化」し、適切に管理・活用することで、これまで埋もれていた地域内のニーズに応えたり、地域住民の「貢献したい」という思いを形にしたりすることが容易になります。今後は、対応実績データを分析して地域の主要な困りごとを把握し、予防的な活動に繋げたり、他の地域活動データベースとの連携も検討したりと、さらなる活用が期待されます。オープンソース技術が、地域内の人々のつながりを強化し、より暮らしやすい地域社会を築くための一助となる可能性を示唆する事例と言えるでしょう。